「チビ鉄」新潟へ行く(その3):羽越本線「勝木」駅①
白うさぎの実家は元々は「新潟県岩船郡山北町(にいがたけん・いわふねぐん・さんぽくまち)」だったのだが、今年の4月に市町合併により「村上市」となった。
「岩船郡」は古代より大和朝廷の勢力圏であり、北方に対する砦である「磐船柵」が置かれた所で、日本史の教科書にも出てくる。
「山北町」はS30に黒川俣村・八幡村・大川谷村・中俣村・下海府村の5カ村が合併して山北村となり、S40に町制を施行した。そして今年、荒川町・神林村・朝日村・村上市と合併し、新「村上市」となった。(粟島浦村・関川村は岩船郡のまま)
地名の話としては、東日本は「湖北町(こほくちょう)」みたいに「~チョウ」と言わずに「~マチ」というケースが多い。
山北町は総面積の実に93%を山林が占めており、産業は第一次産業が主体で、高齢化率が40%を超えるという典型的な少子高齢化過疎地域であった。白うさぎの同級生も中学或いは高校を卒業すると関東方面へ出てしまい、地元に残っているのはわずかである。以前は「3人目の子供を出産した家庭には、出産祝い金100万円を贈る」という制度があって話題になった事もあったが、その程度じゃ起爆剤にもならず…。合併で地域が今後も衰退していく事が予測されるがどうなるのだろう?

羽越本線「勝木」駅。難読駅名である。よく「かつぎ」とか「かちき」などと呼ばれることも…。
白うさぎの実家の直ぐ近所(徒歩5分)の駅である。

「きらきらうえつ」の開業に合わせて停車駅にこんな案内表示が設置された。

東口駅舎(S63に改築)

以前は切符を販売してくれる嘱託のおじさんがいたのだが、現在は券売機があるのみ。

ホームと跨線橋。白うさぎは毎日この跨線橋を渡って中学校へ通っていた。

駅の西口側にある白うさぎの母校旧山北町立南中学校。現在は『交流の館・はちまん』という施設になっている。壁画は東京芸術大学の学生が製作したものだ。
温泉を引いてあって入浴もできるし、昔教室だったところが宿泊施設になってたり、職員室だったところが食堂になっていたりしている。一番驚いたのは、白うさぎの学んだ教室(3年B組)の隣の教室(3年C組)が土俵になってしまっていたことだ

白うさぎの母校の中学校は生徒数減少による統合で閉校してしまった
ちなみに小学校(山北町立八幡小学校)も統合でさんぽく南小学校になってしまっている。
駅の名所案内版「筥堅八幡宮社叢」国指定天然記念物
第六十代醍醐天皇の延喜二十一年(921年)、九州福岡の筥崎八幡宮の分社として創建されたものと伝えられる。
筥堅山(八幡山)の麓の鳥居をくぐって、九十九折りの参道を登っていくと頂上に社殿がある。
龍や象などの立派な装飾がなされ、本殿には随身像もある。
社殿の裏からの眺めは絶品だ。(高所恐怖症の方は注意!)
途中「龍燈杉」なる樹齢300年ほどの巨木もある。白うさぎは小学生の頃、「天から降りてきた龍が天へ帰るのに登った杉だ」と教えられた事がある。
毎年9月14、15日に祭礼が執り行われる。神輿や民謡流し、奉納相撲、花火大会などもあって近郷でも有名な大きな祭りだ。
今でも行われているのかどうかわからないが、以前は中学生の男子が青年団の人達と拝殿で一夜を過ごすという「おこもり」の風習があった。いわば「通過儀礼」という訳だ。

この断崖絶壁の上に八幡宮がある。

引込線の跡地をのぞき込むチビうさ1号。向こう側に見えるのが「筥堅八幡宮社叢」
チビうさの視線の先の現場では、昔TV番組の企画で爆風スランプが歌を披露した事があった。

昔はこの引込線から山北町の杉材なんかが貨物で運ばれて行った。
駅の東側にも引込線があったのだが、そちらの方は線路や枕木も取り払われて、雑草が生い茂っている。

貨物の積み込みが行われなくなって後も、保線作業の車両なんかがまだこの線路を使用していた。
白うさぎの小さい頃は駅は格好の遊び場だった。今では線路も錆びつき昔の面影をわずかに留めるのみ。
「チビ鉄」新潟へ行く(その2):「新潟」~「府屋」
「新潟」駅に到着した白うさぎ一行は、ここで特急「いなほ5号」に乗り換えて、白新線経由で羽越本線「府屋」駅までいく旅程である。
「新潟」では少し乗り換えに余裕があったが、ここで食べ物を調達…。
白うさぎの一人旅なら立ち食いそばをすすって済ませるところだが、今回はチビうさ二人を連れている、なので売店で…と思ったが、昔に比べKIOSKがしょぼくなった様な気がするのは気のせいか…。
仕方なくおにぎりを買い求める。(疲れ&興奮もあったのか、実際はあまり食べなかった。)
高校時代から故郷を離れて生活してきた白うさぎだが、年に数回急行「きたぐに」や特急「白鳥」を利用しての帰省時に、駅の立ち食いそばを食べるのがたまらなく好きだった。
関西人からは「何や!このどす黒い汁は!」などと言われてしまう関東風のそば・うどんだが、これは醤油ベースだから仕方がない。
うどんは確かに関西の方がうまい!でもそばを食べるのには、関西風のだし汁は白うさぎには物足りない。
やっぱり慣れ親しんだ味には勝てないかな。特に白うさぎは「うどんよりそば派」なもんで。
そばに、白ネギを刻んだ薬味がかけてあり、卵を落としたものが最高にうまかった!社会人になってからはかき揚げをトッピングしたりして…多分有名店で出されるそばよりもこの味に勝るものはないだろう。
駅の立ち食いそばに「故郷の味」を感じていたのだから…。
「新潟」ではこんな電車を見かけた



115系電車(黄緑と緑を基調としたこのカラーは「3代目新潟色」と呼ぶらしい。また薄い青と濃い青を基調としたものは「4代目新潟色」と呼ぶ。)

E127系電車(やはり緑色)

白うさぎ達が乗車する特急「いなほ5号」がやってきた。入線時は「回送」の表示。
485系3000番台リニューアル車両だ。

115系電車と並ぶ485系特急「いなほ」

横顔もカッコイイネ!この「つばさ」様のマークはある車輌とない車輌がある様だ。

以前にもふれたが、東北地方の豪雨の為、乗車中に行き先は「鶴岡」に変更された。
「新潟」からは「豊栄(とよさか)」~「新発田(しばた)」~「中条(なかじょう)」~「坂町(さかまち)」~「村上(むらかみ)」~「府屋(ふや)」の順番に停車する。
「新発田」は、溝口6万石の城下町。なじみのない人にはなかなか「しばた」とは読んでもらえない。
別名「菖蒲城」として名高い「新発田城」は表門、二の丸隅櫓が国の重要文化財に指定されている。戦前は歩兵第16連隊が置かれ、日清戦争から太平洋戦争まで激戦地を転戦した。
「忠臣蔵」の四十七士の一人堀部安兵衛(そういや以前キムタクが演じてたような…)も新発田藩出身である。
仮面ライダー2号「一文字隼人」役の佐々木 剛や俳優の三田村邦彦も新発田市出身である。
高校野球ではプロ野球選手も輩出した「新発田農業高校」が有名だ。
「坂町」は、いまでこそ住所が「新潟県村上市坂町」だが、以前は「新潟県岩船郡荒川町大字坂町」だった。山形県の小国町、米沢市方面へ向かう米坂線の発着駅だ。
「村上」は、内藤5万石の城下町。村上城は戊辰戦争の折に消失してしまったが、城跡は保存されており、白うさぎも小学校の1、2年の時に登った。
駅前には唱歌「汽車」(「今は山中 今は浜 今は鉄橋渡るぞと…」という歌ね
)の碑が建つ。村上市出身の大和田愛羅が作曲したことに由来する。少し前だが皇太子妃雅子妃殿下の先祖である小和田家が、元々村上藩士であり注目された時期もある。(白うさぎの先祖も旧村上藩士なのだが…。元々は上杉謙信に歯向かった事もある村上城主・本庄繁長の家臣だったのだが、謙信の養子景勝の会津転封に伴い、帰農したらしい。)
「村上茶」は日本茶の北限である。堆朱細工が名産品である。
三面川(みおもてがわ)の鮭も有名である。村上藩士の青砥武平次(あおとぶへいじ)という人物が「鮭は川で生まれ海で育ち、またその川に産卵のために戻る回帰性がある」事に着目し、世界初の鮭の増殖事業に成功した。冬場になると塩引鮭が民家の軒をにぎわす。
清酒「〆張鶴」は、東京方面で「越の寒梅」を超える高評価を得た酒として有名だ。端麗辛口の飲み口がたまらない。
「大悲山観音寺」には、日本最新の即身仏である仏海上人の即身仏が拝観できる。(白うさぎも小学校の修学旅行で見たよ

) 「村上」~「間島(まじま)」間には、以前滋賀県湖北地域にも存在したデッドセクションがある。
JR東日本新潟支社は、例えば湖北で走ってる521系や419系の様な一般型の交流直流両用電車を所有していない為、村上以北は主にキハ40系の様な気動車が主力だ。

羽越本線「府屋」駅。(新潟県村上市府屋)
今回の往路の終着点である。
白うさぎの実家の最寄の駅「勝木(がつぎ)」には特急が停まらないので、隣の「府屋」で降り、グランパうさぎに迎えに来てもらった。

「鶴岡」へ向かう「いなほ」
車掌さんがチビうさ達に手を振ってくれた


しかしデジタル表示は味気ない。
やっぱりこっちがいいなぁ

「チビ鉄」新潟へ行く(その1):「敦賀」~「新潟」

少しでも早く新潟へ着く為に、早朝に自宅を出てママうさぎに送ってもらい、「敦賀」始発の電車へ乗る事に…。
まず475系電車で「福井」へ向かう。(「敦賀」始発の475系電車、向こう側に見えているのは小浜線の125系電車)

「福井」駅で681系特急「はくたか6号」に乗り換える。これで「直江津」まで行くのだ!
「福井」では『おたっしゃ倶楽部』のスタッフのあややが高校時代に「牛乳パック」と呼んでいた419系電車も見ることができたが、あいにく写真は撮れず…。

「はくたか」の車体のラインは同型の特急「サンダーバード」と同じ青色だが、マークは違う。

あいにくとスキー場のメッカ「越後湯沢」まで行かないんだな~。

途中「芦原温泉」駅で、寝台特急「日本海」とすれ違った。いつか乗りたいなぁ。
今回の旅では様々な珍しい電車に出会うことができた。
富山県の「高岡」駅では、富山が生んだ有名漫画家「藤子不二雄」にちなんで、キハ40に「忍者ハットリくん」のラッピングを施した「忍者ハットリくん列車」を発見!チビうさも思わず「あっ!お魚さん~!
」福井県~石川県~富山県を経て、いよいよ新潟県へと入り、まず最初の駅である「糸魚川」駅では赤レンガ車庫を目ざとく見つけたチビうさ達が大喜び!

乗換駅の北陸本線「直江津」駅。ここまではJR西日本の管轄だ。
そしてここからはJR東日本の管轄である信越本線を通って「新潟」まで行くのだ!
「直江津」駅では、北越急行の特急「はくたか」(赤い「はくたか」)も見れたし、ホームに停車中の189系あさま色の「妙高」も見れた。
うわっ!写真撮りて~!!
がしか~し、ゆっくり眺めている暇はないのだ!この駅での乗り換え時間はたった5分だ。
白うさぎはチビうさ2号を抱きかかえ、チビうさ1号を従えて、陸橋を駆け上った!!

…で、間に合った。

485系車輌を使用した快速「くびき野3号」これで「新潟」駅まで向かう。
上沼垂色が渋いね



白うさぎ一行は子供連れという事を考慮して、鈍行以外は全て指定席で行った。
乗車した車輌「クロハ481‐1023」はその名の通りグリーン車併設で、車輌の中ほどに仕切りがあって、その向こうにグリーン席がある。
この列車には、白うさぎと同様お盆の帰省と見られる若い夫婦が赤ちゃんを連れて何組も乗車してきてやがて満席状態に。

終点「新潟」駅にて。ヘッドマークはクルクル回って「回送」に。
チビうさ1号はこれで『回送』の漢字を覚えてしまった
滋賀へ帰ります。
行きは北陸回り、帰りは東京回りの旅程。
またまた雨で「鶴岡」から先は運転見合わせらしい…。以前羽越本線で強風による脱線事故があって以来、荒天時の運転には慎重になっているようだ。
幸い駅に問い合わせたら順調に動いてるそう。
「府屋」発7:35の「いなほ4号」に乗って「新潟」へ。
「新潟」での乗り換え時間は10分だ!チビうさ2号抱えて急げや急げ!チビうさ1号も後から駆けてくる!
降りたホームから新幹線改札まですぐだったので楽勝でセーフ!
写真もとれたよ!

200系新幹線と白うさぎ一行が乗るE4系Max
「きらきらうえつ」見に行ったよ〜!
当然「鉄うさ」親子は駅まで見にでかけたよ。
臨時快速「きらきらうえつ」は「新潟」から「酒田」(NHKドラマ“おしん”の舞台で駅前には銅像まである)或いは「象潟」まで
を結ぶリゾートトレインである。
主に週末に上下1本ずつ運行されている。
よく特急に使用されている485系電車(クハ485-701・クハ484-702・モハ485-702・モハ484-702)を改造したカラフルなデザインが特徴で、日本海に沿って走る為、車窓やフリースペースのラウンジでは日本海の絶景が楽しめる。
途中の「桑川」〜「勝木」には景勝地である「笹川流れ」の奇観が眺められ、夕刻の上り列車では日本海に沈む優雅な夕日も楽しめるオトクな列車だ。
ラウンジでは地酒も楽しめるとか…。
悲しいかな白うさぎは、地元を満喫する前に関西へ出て来たので、帰省といっても旅気分だ。
敦賀駅へ行ってきた!
ちょっとアップが遅れてしまったが、先週末白うさぎの母親が来訪し、帰りは特急「雷鳥」に乗るというので、敦賀駅まで見送りがてらチビうさ達と出かけた時の話題。
白うさぎの住む湖北町から敦賀まで行くには、普段西浅井町の塩津から新道野越で行く国道8号線ルートを主に通るのだが、今回は旧北陸本線(後の柳ヶ瀬線)ルート(木ノ本-中ノ郷-柳ヶ瀬-雁ヶ谷-刀根-疋田-鳩原信号場-敦賀)をたどって行く事にした。
やはり「血」のなせる業か、白うさぎの母親も歴史や旧跡が好きなのだ。
今は福井県道・滋賀県道140号敦賀柳ヶ瀬線となっている旧北陸本線「柳ヶ瀬トンネル」
トンネルの幅が狭い為に片側一車線道路となっており、信号による交互通行となっている。
また全長が1,325mあり、待ち時間は結構長い。
「柳ヶ瀬トンネル」は明治17年開通のトンネルで、今では長浜の「鉄道スクエア」に展示してある伊藤博文揮毫による『萬世永頼』の額がトンネル入口上部に掲げられていた。(現在は道路脇に沿革とともにレプリカが展示してある。)
トンネルの中は暗くて狭い。(「お化けトンネル」とも呼ばれているとか…)
柳ヶ瀬線は全線を通じて25‰の急勾配であり、上り列車がトンネル内で立ち往生、あるいは逆行することがしばしばあった魔の路線でもあり、機関士、乗客の窒息事故が頻繁に起こったという。
なんせ昔はSLだもんな…トンネルに入る度に窓を閉めたそうだし、煙モクモクでトンネル内に多量の煙が充満したんだろうなあ…。
昭和3年12月には、トンネル内で延べ5名が窒息死する事故が起きている。
この「柳ヶ瀬トンネル」が開通するまでは、トンネルを挟んであった柳ヶ瀬駅-洞道西口駅間は徒歩で接続していたというから明治時代の人々の苦労がしのばれる。
それにしても鎖国時代にも海外の知識の蓄積はあったにせよ、ちょんまげに二本差しの時代からわずか10数年で日本は驚くべき進歩を遂げたんだなあ~。こういう「遺跡」を見ると、ご先祖様にほとほと頭が下がる思いだ。
これは「小刀根トンネル」
道路脇に鉄橋跡と共に佇んでいる、明治14年開通の日本最古の鉄道トンネルだ。

「小刀根トンネル」は、柳ヶ瀬線で明治時代の建築当時の姿を留めている唯一のトンネルで、敦賀市の文化財にも指定されている。
柳ヶ瀬線には「柳ヶ瀬トンネル」「小刀根トンネル」「刀根トンネル」「麻生トンネル」があったが、「柳ヶ瀬トンネル」は車道化の為一部手を加えられており、「刀根トンネル」は道路の拡幅工事により原形を留めていない。「麻生トンネル」に至っては切り通し化されてしまって見る影もない。
その他の廃線跡もかなり自然に返ってしまっているが、色々と想像をかき立てられる路線だ。
いよいよ到着!JR北陸本線「敦賀駅」
海の向こうは任那から渡ってきたという「都怒我阿羅斯等(ツヌガアラシト)」像がお出迎え。
敦賀は古代三大要津(港)のひとつであり、笥飯浦(けいのうら)と呼ばれていました。日本書紀崇神天皇の条に、朝鮮半島任那国(みまなのくに)の王子であるツヌガアラシトが来着しました。 (AD32年頃)その王子の額に角のようなものができていたので人々は「角額の人」といい、都奴賀とも書き、 さらに転じて角鹿(つのが)と記すようになりました。恐らく冠か冑の類をかぶっていたものと思われます。
その約100年後に角鹿国が定められ、さらに角鹿海直(あまのあたひ)という海事担当の役人が特別に配置されました。大陸に向かって、日本海と敦賀の港が古代より重要視されていたことがわかります。この角鹿が敦賀の地名起源になったといわれ、気比神宮境内摂社にツノガアラシトを祀る角鹿神社があります。
「敦賀市立角鹿中学校」のHPより
白うさぎ一行は、見送りがてら入場券を買って、駅の構内へズンズン…
ちゃっかりチビうさ達は電車チョロQ買ってもらったりして…。(チビうさ1号⇒223系2500番台、チビうさ2号⇒トワイライトエクスプレス)
列車編成表
寝台特急の号車案内プレートが旅愁を誘う
小浜線ホーム
北陸本線、小浜線、湖西線が乗り入れる敦賀駅には様々な電車がやって来る。
チビうさ達も大興奮だ!
125系電車
223系電車
521系電車
455系電車
683系特急「しらさぎ」
ちょっと汚れが目立った「しらさぎ」に、チビうさ2号も思わず、「きたないかおやなぁ~
」引退の決まった485系特急「雷鳥」がやって来た。
国鉄色の車両がまぶしい。おなじみ「雷鳥」のヘッドマークも!
「金沢」行きの特急「雷鳥13号」がやって来たよ。
入線時に聞こえてくる車輌の音が「老兵」の足音を感じさせるものの、妙に懐かしく感じる。
白うさぎの母親は、「金沢」まではこの特急「雷鳥13号」に乗車し、「金沢」から「新潟」までは特急「北越5号」、「新潟」から「府屋(ふや)」までは特急「いなほ9号」へと乗り継いで家へと帰るのだ。
「直江津(なおえつ)」までは北陸本線、「直江津」から「新潟」までは信越本線、「新潟」から「新発田(しばた)」までが白新線、途中の「新津(にいつ)」から「府屋」までが羽越本線と路線も次々替わる。(時刻表読んでてもページからページへの移動が大変だよ!)
直江津まではJR西日本の管轄だし、直江津以東はJR東日本の管轄だ。
とにかく新潟県は「長い
」県境を越えてからがとにかく長い長い。お母さんお疲れ様でした。さて、見送りの寂しさもなんのその!電車を堪能したチビうさ達であった。
白うさぎとしては、「月光型」寝台列車である583系電車を改造した419系電車が見られなくて心残りだった
通称「琵琶湖環状線」ができてから、湖北ではトンと見る機会が少なくなっただけに残念
電車が来る度に、精一杯手を振るチビうさ達。
車掌さんや時には運転士さんも(ホントはあかんのやろけど…)手を振り返してくれ、チビうさ達は大喜び

ますます「鉄」好きになった事だろう。
奇しくも今日は、福知山線の事故から丸3年。犠牲者の方々には心から哀悼の意を表明します。
JR西日本に対しては、いつまでも子供達の夢を壊さないように、真摯な企業経営をお願いしたいと思う。
駅と港の街「敦賀」をアピールする為のイメージキャラクターが松本零士の「宇宙戦艦ヤマト」と「銀河鉄道999」なのだ。
写真は鉄郎&メーテル&「999号」
駅前通りのそこかしこに銅像が立ち並ぶ。古代守や森雪もいるよ!皆さん一度ご覧あれ。
さすがに全部撮影している間はなかったが…
チビうさ達と「鉄」めぐり!
残った白うさぎとチビうさ1号、2号。さて、どうする?
とにかくチビうさ達に朝食を食べさせ、洗い物。洗濯機も同時進行で回して干して、掃除機を掛け、資源ゴミを出して家事終了

さてさて天気もいいし、どこかへ出かけようか…と、いう訳で彦根方面へ「鉄」めぐりへ行くことにした。
道中チビうさ1号がじーっと線路を眺めている。
白うさぎ「電車は来ないよ」
チビうさ1号「見てるだけでいいの!」
線路を眺めているだけで満足とは…

チビうさ1号「早く大きくなりたいな~。大きくなったら米原駅の車掌さんになって、700系やら沢山電車乗るんやで~。」
チビうさ2号「ぼくは電車の工事の人!!」
チビうさ1号「お父さんは大きいけど、もっと大きくなったら何になりたいー?」
白うさぎ「…お父さんはもう大きいし、働いてるからなぁ~
」そのうちにびわこ線の駅名あてがはじまった。
チビうさ1号「米原の次は~?」
白うさぎ「彦根」
「彦根の次は~?」「南彦根」「南彦根の次は~?」「河瀬」「河瀬の次は~?」「稲枝」「稲枝の次は~?」「能登川」「能登川の次は~?」…と京都まで駅名を言わされたところで彦根へ到着した。

さすが、彦根城周辺は桜が満開だ。

最初の訪問先は、アルプラザ彦根6Fの鉄道模型レイアウト
ここでは個人所有のNゲージを持ち込んで走らせられる様で、日曜日でもありNゲージが何台も走っていた。

食入る様に見つめるチビうさ達。チビうさ1号の大好きな「681系サンダーバード」、チビうさ2号の大好きな「223系新快速電車」が走っていたから大興奮

「小さい電車もっと見る~」とむずかるチビうさ2号をなだめすかして、次の場所へ移動。

次の訪問先は近江鉄道「彦根駅」
改札から身を乗り出して「ガチャコン」を眺めるチビうさ達

800系電車(チビうさ達の呼称は「ライオン電車」)がこんな間近で見られるなんて最高


ライオンズカラーの800系電車「ギャラリートレイン」

こちらも800系電車(一般色)

ED31電気機関車の1号機から3号機までが勢揃い

JR「彦根駅」前の井伊直政公の銅像

本日最後の訪問先は、近江鉄道「鳥居本駅」

現代の中山道「国道8号線」が駅の前を通る

近畿の駅百選にも選ばれた、1931年(昭和6年)3月15日 開業の洋風建築が特徴的な駅だ

島式ホームに木造の待合室が地方鉄道のならではのイイ感じを醸し出してるね

駅前駐車場の車止めは何とレールの流用だ


早速駅の中を探検「広いなあ~」

かつては保線作業に使用されていたのだろう、残骸が痛々しい


「電車来ないかな~」早く帰ろうという白うさぎを尻目に、電車を待ちわびる二人

やっと来たぁ~

220形電車が来たよ

行っちゃった~

大満足で大好きな踏切(呼称は「カンカン」)を渡ってお帰りのチビうさ達

「もう使われてないから、草がいっぱい生えてるんやな~」草に埋もれたホームを見てチビうさ1号は感慨深げであった
感謝!!10,000アクセス
そうこうするうちに1万アクセスを突破しているではないかっ!!
ありがとうございます。これからもどうぞ「おたっしゃな日々…」をよろしくお願いしますm(__)m
さて先週の日曜日になるのだが、「こほく共同オフィス“たまるん”」にてお知らせのあった鉄道模型展へ鉄道大好きのチビうさ達を連れて行ってきた。

Nゲージのレイアウト(全体はこんな感じ)

Nゲージに見入るチビうさ1号&2号

「あっ!青い電車!!すごーい!!!」
米原公民館へ行ったついでに、隣の市庁舎に展示してある雪かき車「キ555」も見てきた。

雪かき車「キ555」
正面から見るとまさに“くろがねの城”といったところ。

ちょっと説明書きが切れてしまったが、昔は雪も多かったし、かなり活躍したんだろうね。


「大きい車輪だなぁ~」
本当に鉄道大好きのチビうさ達。「もっと見る~」というのを「また今度…」となだめながら米原を後にしたのであった…。

砂遊びならぬ「石遊び」に興じるチビうさ達。彼らによると蒸気機関車の石炭をくべる姿を再現しているらしい…

鉄道の話題といえば、先週の金曜日のこと。
いつもの様にデイサービスの送迎車を運転して、木之本町は千田の踏み切りに差し掛かった時。「あれ?いつもこの時間に踏み切りにつかまったかな?」と考えていると、緑色の「EF81」が通り過ぎて行くではないか!
緑色の「EF81」といえば、豪華寝台特急「トワイライトエクスプレス」を牽引している機関車だが…、ん?、青い客車を引っ張っているゾ…。そして最後尾の車輌には「日本海」の三文字が…。
湖西線を走っているはずの寝台特急「日本海」が、なぜ北陸線を走っているんだ

その疑問は、次にお迎えに行った利用者さんのお宅で解決した。
曰く「湖西線が強風の為、米原経由に変更されてるみたいだよ。」
「へえー」初めて知った。
夕方には、高月駅近くの踏み切りで、今度は「サンダーバード」の行き違いが見れた。
しかも先頭車両は「クロ683」で最後尾車輌は「クロ681」だった。これは「何系」になるのかなあ?「683系」?それとも「681系」?誰か教えてくれ~。
夕刻、保育園にチビうさ達を迎えに行った白うさぎが二人に自慢したのは言うまでもない。
普段「日本海」はこの色の「EF81」が牽引する。

こんな感じ。

白うさぎが目撃したのはこの編成か?

「683系電車」(これは特急「しらさぎ」の「クロ683」)

「681系電車」(特急「サンダーバード」の「クロ681」出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
「681系」と「683系」の見分け方は、ヘッドライトの形状とスカートの形状だ。
この春、ますます『鉄道』から目が離せない

SL北びわこ号でGo!
『北びわこ (列車)』出典: フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」
北びわことは、西日本旅客鉄道(JR西日本)が北陸本線の米原駅~木ノ本駅間を運行している臨時快速列車の愛称。一般に「SL北びわこ号」と呼ばれる。
滋賀県湖北地域の観光振興と蒸気機関車の動態保存運転を目的とした列車である。
~中略~
客車の牽引には、主に梅小路運転区のC56形蒸気機関車(C56160)が使用されるが、まれにC57形蒸気機関車(C571)が牽引することがある。
4歳のチビうさ1号が2歳の時に一度乗車しているのだが、その時にはまだ汽車に乗る楽しみがまだわからなかった。
SLはみ~んな「とましゅ(機関車トーマスのこと)」だったもの。
しかし今や立派な『鉄』である。

白うさぎの最寄の駅(JR北陸線『河毛(かわけ)』駅)ここから出発だ


電車を待っていると雪煙を巻き上げて、EF81電気機関車が貨物列車を引いて通過。

向かい側ホーム敦賀行きの521系電車が行く。

近江塩津あたりで降雪によるトラブルがあったらしく、乗車するはずの米原行きが8分程遅れて到着。
置いて行かれることはないだろうとは思っていたが、列車が大分遅れたので乗り換え時間ギリギリで米原駅に到着した。
ホームで383系特急『ワイドビューしなの』の出発を見送りながら、乗車ホームへ急ぎ、記念撮影もできずに乗り込んだ。
チビうさ2号は221系電車や223系電車(びわこ線で新快速や普通電車として使用されている車輌)が大好きで、どちらを見ても「あっ、新快速電車
」と歓声を上げる。乗り合わせた女子高生らしき一団が「カワイイ~」と指差した

実際、米原駅では様々な車輌が見られて楽しい。新幹線(今日は300系が通過)やJR東海の311系電車があったりする。

北びわこ号の車内。12系客車(オハ12 346)

懐かしい形の洗面台。

車窓風景。(一面の雪景色と蒸気と煙で一面真っ白だ。)

『河毛駅』まで戻ってきたよ。

カメラを構える『撮り鉄』達。よもや自分達が写されているとは思うまい。
寒い中よくやるな~。吹雪の中傘を差しながらの『撮り鉄』も発見したが、ほとんど遭難しかけ状態だったぞ。

終点『木ノ本駅』223系電車がやって来た。

北びわこ号の最後尾。

北びわこ号は、木ノ本駅からEF65電気機関車が引っ張って回送される。すごい雪だ。

連結しようと接近するEF65。

北びわこ号。カッコイイ

ヘッドマークは客車と違うんだね。

北びわこ号はEF65に引っ張られ回送されて行った。さよ~なら~。車掌さんも手を振ってくれたよ。

683系特急『しらさぎ』が通過。

683系特急『しらさぎ』貫通車輌

旧木ノ本駅舎看板(木之本町木之本にある駅だが、駅名はなぜか『木ノ本』)
半日たっぷり楽しめた。
チビうさ1号は『しらさぎパノラマグリーン車』、チビうさ2号は『クハネ系581急行きたぐに』のチョロQをそれぞれ買ってもらって大満足の旅だったようだ
楽しいプラレール♪
「“子供達が好きだから”はカモフラージュでしょ」と嫁さんに言われながらも、ついつい購入してしまった

でもコレクションにはちょっとしたこだわりがある白うさぎ。普通のモノじゃ満足しない。
そのチョイスは…
ジャ~ン


「なんじゃあ~こりゃあ~(松田優作風に)」
と言わないでおくれ、しかし中身はもっとびっくりだよ。
『江ノ電』(江ノ島電鉄)をテーマにしたセットだ。

「鎌倉の大仏様」
ありがたや~
みうらじゅんも思わず手を合わせてしまう
しかし、大仏様を作ってセットにしてしまう発想がスゴイ!というか突き抜けてる

ただチビうさ1号にかかると「あっ!オジゾーさん入ってる~
」
「江ノ島」
ウインド・サーフィンに興じる茶髪のニーチャン付
灯台を外したら「竹生島」だ!(ンな訳ない)

「鵠沼(くげぬま)」駅
海水浴客でにぎわう鵠沼海岸に近い駅だ。
しかし白うさぎ的には「鎌倉高校前」駅が欲しかった…。

江ノ電500形が大仏様の前を通過!

江ノ電は、大津の京阪石坂線のように一部一般道路を走る併用軌道区間がある。(江ノ島~腰越間)なので道路(プラロード)と並行して走る区間がセットにも再現されている。芸が細かい!!
なぜか、トミカのスバル360といすゞ117クーペが走ってたりする…。
しかし湘南といや「稲村ジェーン」、「稲村ジェーン」といえばダイハツミゼットなのだが…ダイハツミゼットのトミカは現在書斎の奥深くに行方不明中…orz

白うさぎのコレクション(左:「江ノ電300形」、右:「江ノ電500形」)
近いうちに「1000形」も仲間入りする予定。
10年前に友達と江ノ島へ行った時に、初めて江ノ電に乗ったのだが、すごく良かった

白うさぎの江ノ電好きは、その時の思い出が忘れられないからなのだ。
あぁ、また乗りたいなあ~。
《特別出演》『近鉄21020系電車 アーバンライナーnext(近鉄特急60周年記念デザイン特別限定仕様車)』
(大阪在住のイラストレーター黒田征太郎氏デザインの記念ロゴマーク・イラスト付き)
先日近鉄京都駅でGet!
奈良に住んでいた頃は、本当に近鉄にはお世話になったな~。


485系「雷鳥」も引退へ…
JR西日本は24日、平成23年春ごろまでに北陸線で走行する特急「雷鳥」(大阪-金沢)に新型車両を導入すると発表した。これまで使っていた「485系」は廃車にする。
JR西は21年ごろから順次、新型に置き換える。全席禁煙で喫煙ルームを設置。「485系」の使用期間平均は32年で老朽化が進み、利用客からほかの特急車両と比べて設備が古く乗り心地が悪いとの苦情もあった。(以下略)

先日大阪駅で出会った『485系特急「雷鳥」』
そっかあ~。先日は0系新幹線の引退が発表されたばかりだよな。
お別れ運転とか見に行くほど暇ではないが、昔何度も乗った車輌なだけに寂しさを覚えるニュースだった。
しかも正月にチビうさ1号が嫁さんの妹におねだりして雷鳥のプラレール買ってもらったばかりなのにな~。
今後予想される会話…
チビうさ1号「な~な~、『雷鳥』走ってる~
」白うさぎ「走ってないよ」
チビうさ1号「なんでなん~
」白うさぎ「古くなったから」
チビうさ1号「なんで古くなったら走らんの~
」白うさぎ「…古いから
」
「プラレール 485系L特急」チビうさ1号の宝物
交通科学博物館

『交通科学博物館』の目玉、プラットホーム・プラザ(左から「キハ81形ディーゼルカー“くろしお”」、「C62形蒸気機関車」、「D51形蒸気機関車」)
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞ拙ブログをよろしくお願いします。
さて、本業が忙しくてなかなか更新もままならない拙ブログではあるが、今年もぼちぼち更新して行きたいと思う。
今日はとりあえず、暮れに家族で出かけた記事をアップしたい。
なかなか忙しくて子供達を連れて出かけられてなかったので、ちょっとお出かけ…大阪の『交通科学博物館』へ行ってきた。
いくら「鉄」好きといえども新しくできた埼玉の『鉄道博物館』までには行けないが、関西にも「鉄」好きを満足させられる施設はある!ということで…。

「さあ!出発だ!!はやる心を抑えてドキドキワクワク」チビうさ1号&2号
「あっ!しらさぎー!!」出発前から心も躍る米原駅

大阪まではずっと立ち通しだったが、乗ったのがちょうど先頭車両で運転席からの風景がよく見える。
途中何度も特急や新快速などとすれ違う為、その度に「わぁ~!新快速やー!」「サンダーバードや~!」と退屈せず、わがままも言わず行けた

白うさぎ一行は、大阪駅で環状線に乗り換えて弁天町駅へ。環状線では84歳のご老人にチビうさ達が席を譲られる、というハートウォーミングな出来事もあった。
目指す交通科学博物館は駅を出てすぐそばだ。

「151系特急“こだま”」ボンネットがしぶい~。

いよいよ引退間近…「0系新幹線」その第1号車両(ミュージアム探検ツアーに参加すると内部を見学できる)

「80系電車」湘南色の電車は「みかん電車~!」とチビうさ2号のお気に入り。

「スバル360」(左)、「ダイハツミゼット」(右)
一通り見て回ったら、今度はまた環状線で大阪駅まで戻り尼崎駅へGo!
というのも昼ごはんは『バー銀座パノラマ尼崎店』で食べることにしたからだ。
2004年、東京・銀座8丁目にオープンして以来、「元祖・鉄道模型バー」として話題を呼んだ「バー 銀座パノラマ」の第2号店である。ここのウリはNゲージの鉄道模型を目前に食事を楽しめるところである。
チビうさ達には新幹線のプレートのお子様ランチ、白うさぎとママうさぎはランチのセットを注文した。
残念ながらチビうさ達はおねむ
の時間と重なって、十分Nゲージのレイアウトを楽しむ余裕がなかったが、又行きたいなぁ~。
目前に広がるNゲージレイアウトすばらしい
(当日は名鉄パノラマカーと寝台特急カシオペアが走っていた)
「485系特急“雷鳥”」大阪駅にて

「183系特急“北近畿”」大阪駅にて
さらば「0系新幹線」
『さらば「夢の超特急」 44年の歴史に幕 新幹線0系引退へ』(iza!)
JR西日本は19日、昭和39年に世界最速列車として登場し、今も山陽新幹線(新大阪-博多)で走る初代新幹線「0系」を来年秋までにすべて廃車にすることを決めた。老朽化と、最新型の「N700系」登場などによる世代交代が理由。日本の高度成長期の象徴的存在で、新幹線開業以来、人気を集めてきた「夢の超特急」は、44年間の歴史に幕を下ろす。
丸みのある独特の先頭形状で親しまれた0系は、東京五輪が開催された39年10月、東海道新幹線の開業と同時に「ひかり」「こだま」としてデビュー。最高時速210キロで東京-新大阪を3時間10分で結び、従来の在来線特急による6時間半を大幅に短縮。61年にはさらに10キロ速くなり、3時間を切った。欧米の鉄道にも大きな影響を与えたとされる。
国鉄末期の61年3月までに3216両が製造されたが、「100系」「300系」など速度や乗り心地を改良した新型に押され、平成11年9月に東海道区間から“引退”。現在はJR西が6編成計36両を山陽区間の「こだま」として運行している。
JR西日本は、今年7月にデビューした新型新幹線N700系の登場に伴い、のぞみ用に開発した新幹線500系を16両編成から8両編成にした上で、山陽区間限定の「こだま」として使用することを決定済み。0系にかえて来年中にも投入する。
「夢の超特急」も引退かぁ~。
チビうさ達は「N700系カッコイ~!」と言ってるが、白うさぎにとっては、「新幹線」と言えば「0系」のこと。
あの丸みを帯びたデザイン、完璧っす!!白うさぎも子供の頃父親と乗ったのだ。窓から見た富士山キレイだったなぁ~。
それが引退なんて…。さすがに最終列車に乗りに行くほどの「鉄」ではないが、ちょっとさびしい。
今の内に0系グッズを買っとこ~っと

『新幹線0系電車』出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『新幹線 こだま』(JR西日本HPより)
長浜鉄道スクエア

『長浜鉄道スクエア』の夏季企画展 【のりものおもちゃ展】に行ってきた。なんせ開催は明日までだ!

旧長浜駅舎にたたずむチビうさ達

と、踏切が鳴って電車がやって来た!チビうさ達も大喜びだ


D51と記念撮影ができる

『北陸線電化記念館』
北陸線で活躍した「ED70形1号機交流電気機関車」と「D51形793号機蒸気機関車」を展示している。何度来てもいいなあ〜


D51形793号機蒸気機関車

ED70形1号機交流電気機関車
展望デッキに出るとまた電車がやって来た!チビうさ達大興奮!!



長浜駅に3両もの電車が並び、興奮は最高潮!!!
乗り物展は

なんか、さらっと素通り、チビうさ達の関心は専らプラレールみたい…。
デメ子の旅…その2
デメ子の旅のシメは…そりゃあ「鉄」分たっぷりの場所しかないでしょう…ということで『近江鉄道ミュージアム』へ行った。
陸橋からの風景。たくさんの車両が並ぶ風景は壮観ですぞ。
いい味でてますな~。
鉄道好きのチビうさ1号も大喜びだ
近江鉄道ミュージアム内に置いてあった記念撮影用の制帽を「かぶってみ」と勧めると、意外にも「いやや~」の返事
「なんでなん?」と聞くと「大きくなったらかぶるから
」と近江鉄道の人が聞いたら大喜びしそうな返答。さすが“米原駅の車掌さん”を目指すだけあって違うなあ~。
「鉄」と思しき人も結構来ていた。その中でも高校生ぐらいの「鉄」クンは、ミュージアムの人を「これでもか」と質問攻め…ス、スゴイ
電気機関車《ロコ1101》と《ED143》
電気機関車《ED144》と《ED141》
レールバス《LE10形》(左)と500形《モハ501》と《クハ1501》の2両編成(右)
デメ子はなぜかDVD『近江路 走れ!ガチャコン電車』に釘付け。
運転席からの景色がずーっと続くDVDなのだが、運転士の声が入ったりして、『電車でGo!』ちっくな作り。特典映像もあるみたい。
デメ子は「なんかー、ボーっと眺めてるとイイ感じ。」と言う。
う~ん確かに…仕事から帰ってビールを一杯やりながら、ボーっと眺めてると結構癒されるかも…。興味のある方は買いです!
←2,625円(税込)にて発売中!
近江鉄道ミュージアムが彦根駅構内にあることもあって、そのままデメ子は、青春18切符で帰っていった。
丸1日どっぷり彦根の旅、楽しめたかな?
デメ子の旅…その1
タイトルを『鉄子の旅』風にしてみた…。 『鉄子の旅』を知らない方はこちら
白うさぎの妹「デメ子」とその一行の旅は、まだまだ続く…。
彦根城でひこにゃんに歓喜し、城内めぐりで汗だくになった一行は、『四番町スクエア』の「ぢどり屋」で昼食をとり、四番町ダイニングでお買い物。
白うさぎは彦根らぼらとりぃー社で待望の「いしだみつにゃん」のピンバッジをGet!(白うさぎはピンバッジコレクターでもある)
ゆるキャラ発見!「うおこう」さんの鮒寿司クッキー“ふなッキー”のマスコットらしい…
『聖泉ひこにゃんくらぶ』様製作と思しき「ひこにゃんヘルメット」を発見!(顔は自主規制
)
あちこちに姿を現す「顔出し看板」
将来の夢は…
上の子(チビうさ1号)は8月生まれでもうじき4歳。
下の子(チビうさ2号)は3月生まれで2歳。
二人は年子で毎日一緒に遊んだり喧嘩したりやんちゃ盛りのカワイイ盛り。
チビうさ1号は終戦記念日生まれでもうじき誕生日

先日保育園でお誕生会をやってもらって、持ち帰ってきたカードに「好きなもの…ぶどう」、「なりたいもの…米原駅の車掌さん」と書いてあった

kk_nanaさんのブログによると“幼稚園で受け持っていた女の子の人気お仕事NO1は、何時も【お花屋さーん】”だったそうである。
今や男女共同参画の時代である。そんな中で「男らしさ」「女らしさ」と言うと、たちまちニラまれてしまいそうだが、こういう話はいかにも「女の子らしい」チョイスでホッとする。
だけどチビうさ1号の同じ組の女の子は「ゲキレンジャーになりたい」のだそうで、まあ親御さんは心配かもしれないが、これもまた元気があっていいのではないかと思う。この子とはいつも一緒にやんちゃぶりを発揮しているそうだ。
小さいうちはあまり型にはめずに伸び伸びと育ってほしい。かくゆう白うさぎも小さい頃は、泥んこ、ずぶ濡れで悪さをして、よーく怒られたものだ

さて、チビうさ1号にとっては制服・制帽の人はみんな「車掌さん」だ。駅員さんもガードマンも警察官でも見かけると「あっ!車掌さん!」と声を上げる。
小さい頃から何度も何度も繰り返し見ている電車のビデオの車掌さんの制服のインパクトが、余程強く残っているのだろう。それと、米原駅まで新幹線を見に連れて行ったりした時に、シールをもらったり、電車の発車間際に手を振り返してくれたりといった優しさが、彼の心の中にとてもいい印象を植えつけているに違いない。
男の子だから電車なんかに興味があるのは当然だが、ちょっぴり「鉄」分が多いのが気になる…

白うさぎはスポーツ選手なんかになって欲しいと思っているのだが、「車掌さん」でも大いに結構!子供の頃の夢を実現することって素晴らしいことだと思うから。
高月駅に停車していた『EF81交流直流両用電気機関車』
あっという間に通過していった『683系特急しらさぎ』
※特急しらさぎは湖西線を走る特急サンダーバードと同じ683系を使用しているため、チビうさ1号はいつも「サンダーバードや~!」と言っている。